【医療機器体験談】
僧帽弁逆流症の患者体験談

【医療機器体験談】<br>僧帽弁逆流症の患者体験談

※上記写真はイメージです。

私のベストアンサー

最初に心臓に異常が見つかったのは、2011年8月、53歳の夏でした。それまではいたって元気だったのですが、突然動悸とひどい吐き気に襲われ、近所のクリニックに駆け込みました。けれど、そこでは大したことはないと言われ、ふに落ちないながらも帰宅したのですが、思った通り症状はまったくよくならず、一晩動悸と吐き気を我慢して、翌日、もう少し規模の大きい病院を受診しました。すると病院のスタッフが、これはただごとではないと考えたようで、すぐに心臓カテーテル検査をして、画像をご覧になった先生が一言「これは大変なことになっている」と。救急車でそのまま仙台厚生病院に緊急搬送されました。不整脈による心不全が起きていたのです。入院し、ペースメーカーを植え込むことになりました。

ペースメーカーを植え込んでから2年ほどは経過もよく、時折入院して肺にたまった水を抜く処置をすることはありましたが、以前のように元気に暮らしていました。

ところが、徐々に息切れがひどくなり、ぜんそくになったのではないかと不安になるほどでした。しかも、私が植え込んだペースメーカーには、万一心室細動が起きた場合に電気ショックを与える除細動機能が付いていたのですが、それが作動する事態も起きたのです。仙台厚生病院で改めて心電図やX線、心エコー(心臓超音波)などの精密検査を受けたところ、心筋がボロボロになっている上、僧帽弁も傷んで逆流が起きていると告げられました。ちょうどそのとき、開胸手術の必要がなく、カテーテルで僧帽弁を修復できる経皮的僧帽弁接合不全修復システムという新しい治療法の治験が行われていたのですが、私の心臓は状態が悪く、残念ながら治験の基準に適合しませんでした。ほかに選択肢もなく、投薬で様子を見ることになりました。

 

娘の成人する姿を見たい

薬による治療を1年ほど続けましたが、あまり効果を感じられず、再度仙台厚生病院の先生方に、ほかの治療法について相談しました。しかし、帰ってきた答えは、「もうどうしようもない。残る手段は心臓移植だけ」。仙台厚生病院では心臓移植手術を行っていないため、大学病院を紹介されました。

このころは歩くこともできないほど苦しくなり、ときには寝ることもできませんでした。横になるとかえって苦しいので、いすに座って休んだりベッドに寄りかかったりして、朝までやりすごす日々でした。食欲もなく、ようやく少し口にしても味すらしません。そんな状態だったので心臓がかなり弱っている自覚はありましたが、心臓移植しか選択肢がないことは、やはりショックでした。でも、現実を受け入れるしかありません。

大学病院の先生から、移植について詳しい話を聞きました。すると心臓移植は、移植待ちの登録をしてから通常5年は待機しなければならず、待機している間、私の心臓の状態ではすぐ補助人工心臓を装着する必要があるとのことでした。さらに、補助人工心臓は、日常生活が制限され、家族の理解と協力が不可欠とのこと。補助人工心臓を使うと家族に大きな負担をかける上、心臓移植は待てば必ず受けられるものではないので、即座に断ってしまいました。

仙台厚生病院に戻って心臓移植は断ったことを伝えると、1度は諦めた経皮的僧帽弁接合不全修復システムによる治療が保険適用になり、松本崇先生が、私でも使えるかもしれないとおっしゃったのです。ダメージが広範囲だった私の僧帽弁について、おそらく先生方が治療法を一生懸命検討してくださったのでしょう、クリップを2つ使って弁の接合を試みるとのこと。

この手術を受ければ、まもなく成人する娘の姿を見ることができると希望を持てました。娘には、これから娘が生きていく上で必要なことなど、伝えなくてはいけないことがいっぱいあります。自分が元気になって、娘にたくさんのことをやってあげたいと思いました。

 

画期的な、カテーテルによる僧帽弁修復手術

2018年の年末に念願の手術を受けました。この治療法についての先生のアメリカでのご経験や実績を聞いていたので、手術に対する不安要素はゼロでした。手術直後は血圧が安定しないこともありましたが、日を追うごとに元気になっていきました。手術時間も開胸手術に比べると短いため、体への負担も少なくて済みます。私のような心臓でも何とかがんばれそうな気がして、これが自分にとってベストアンサーだと思いました。もともと心筋のダメージもあるため、突然また何かが起こる可能性はあるとは考えていますが、今の自分にはこれしかなかったと思います。

言葉には出しませんでしたが、以前はいつもつらい、苦しい、それだけでした。今はそれがありません。家事をするのも常に息苦しかったのですが、かなり楽になりました。夕方近くになると疲れてくるので、多少は息苦しい日もありますが、手術前とは比べものになりません。少しでも症状が緩和されればと小さな期待しかしていませんでしたが、想像以上に元気を取り戻すことができて、驚いています。

今の楽しみは家族旅行です。2カ月に1度くらいの頻度で2泊3日の国内旅行に出かけています。先生のお許しが出れば、海外にも行きたいと思っています。娘についても欲が出ました。成人式だけでなく、結婚式も、その先も見届けたいです。こんな風に元気で前向きな生活を取り戻してくれた治療法、そして松本先生をはじめとする仙台厚生病院の先生・スタッフの皆さまに、とても感謝しています。

 

【担当医からのひとこと】手術が困難な方への新しい治療法

僧帽弁逆流症は、方向(いちほうこうべん)である僧帽弁が逆流してしまう弁膜症と呼ばれる病気です。息切れや動悸といった症状を伴うことが多く、全身の血液循環が破綻する心不全の原因となるため、適切な対処が大切です。原則として重度の僧帽弁逆流には外科手術が検討されますが、患者さんの年齢が高齢化しており、またほかの心疾患を併存していることも多く、手術が困難な方がいます。

この状況を解決するためにカテーテル治療が開発されました。経皮的僧帽弁接合不全修復システムという医療機器による僧帽弁形成術は、体に負担の少ないカテーテル治療です。

全身麻酔になりますが、外科手術のように胸を開けたり心臓を止めたりする必要はありません。右足の付け根からカテーテルを入れ心臓に進めますが、1センチほどの傷で治療が可能です。また大部分の方は、治療翌日から病棟で今まで通りの生活が可能です。ただし、ほかの心疾患を併存している方は慎重に経過を見る必要があり、特に術後の心臓リハビリテーションが非常に重要となります。

このカテーテル治療は全世界で8万例以上の方に施され、日本でも2018年4月から治療が可能となりました。以前であれば治療困難であった方々が治療を受け、大きな恩恵を受けています。今後、僧帽弁逆流症、そして本治療法の啓蒙が進むことで、治療を必要としている方が正しく治療される環境になることが望まれます。

 

経皮的僧帽弁接合不全修復術

心臓に対する外科的処置が必要だが何らかの理由で開胸手術の実施が困難な僧帽弁逆流症患者さんに対する、新たなカテーテルでの治療法。僧帽弁の前尖(ぜんせん)と後尖(こうせん)という弁をクリップによってつなぎ合わせ、血液の逆流を抑制するもので、これにより心不全症状の改善や生活レベルの向上などの効果が期待できる。

弁をつなぐクリップは、大腿部にある太い静脈からカテーテルで挿入できるため、従来の開胸手術よりも体への負担が少なく、年齢や併存症などのために手術が難しかった患者さんに対しても治療の道を開く技術である。

 

写真:経皮的僧帽弁接合不全修復システム

 

「医療機器体験談」は一般社団法人 米国医療機器・IVD工業会出版のエッセー集『出会えてよかった』第1集~第3集より引用しています。

URL:https://www.amdd.jp/technology/essay/

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