【医療機器体験談】
大動脈弁閉鎖不全症の患者体験談

【医療機器体験談】<br>大動脈弁閉鎖不全症の患者体験談

※上記写真はイメージです。

大動脈だいどうみゃくべん閉鎖へいさ不全ふぜんしょう】傷口が小さい心臓手術で早期に仕事に復帰

1989年、私は自動車販売会社に入社しました。ドライブが好きで、自分が住む大阪から金沢や群馬の方まで、長距離ドライブをしたものです。また以前はスポーツジムにもよく通っていたのですが、仕事が徐々に忙しくなって、あまり行かなくなってしまいました。

 

趣味は城郭や史跡の写真を撮ることで、天守閣を上ったり、史跡めぐりで山歩きをしたりもしていました。それがいつの頃からか、天守閣や山頂付近までの階段で、息切れの症状が出るようになったのです。当初は、加齢による足腰の衰えだと思い、あまり気にしていませんでした。

 

ところが今年(2019年)、毎年受けていた会社の健康診断で異常が見つかり、近くの病院で精密検査を受けると、結果があまりよくなく、心臓弁膜症の心配があると言われ、国立循環器病研究センター病院を紹介していただきました。

 

生体弁での弁置換術を決心する

国立循環器病研究センター病院では、心電図・血液検査・心エコー(心臓超音波)検査など、さらに詳しい検査を受けました。すると、大動脈弁で逆流が確認され、心臓弁膜症の一つである大動脈弁閉鎖不全症と診断されたのです。通常に比べて、「血流の約30%が逆流している」ということでした。

 

近くの病院で検査したときよりも状態が悪化していたため、国立循環器病研究センター病院の福嶌ふくしま五月さつき先生から、なるべく早く大動脈弁を手術したほうがよいと勧められたのですが、心臓弁膜症は高齢の方の病気というイメージがあったので、52歳というこの年齢での発症や、手術が必要な状況になってしまったことは、かなりショックでした。

 

しかしこのころ、階段の上り下りや、走った後の息切れがひどくなってきており、趣味の史跡めぐりに出かける機会もかなり減っていました。楽しみだった長距離ドライブや泊まりがけの旅行にもほとんど行けなくなり、休日は自宅で休養に充てる日々が増え、このままでは体力的にもどんどん弱っていくのが目に見えていたので、早く手術した方がいいと思うようになっていました。

 

実は私の知人が1年半ほど前、帰宅途中に倒れ、救急車で運ばれて入院、緊急手術を受けたのですが、原因は私と同じ、心臓弁膜症です。その知人から手術内容を聞いていたので、自分の手術に関して特に不安はありませんでした。

 

福嶌先生から、手術には、傷んだ自分の弁を修復する弁形成術と、人工の弁で置き換える弁置換術など、いくつかの方法があることを教えていただきました。私の場合は弁置換術が適しているとのこと、さらに、弁置換術に使われる人工弁には機械弁と生体弁があるのだそうで、それぞれのメリット・デメリットも詳しく説明してくださいました。

 

機械弁は、1度手術すれば、基本的には一生そのまま使用できるのですが、血栓ができるのを防ぐため、血栓予防の薬を一生飲み続けなければならなくなり、それはさまざまな意味で自分にとって負担になると思いました。

 

生体弁は、ウシやブタなどの生物の組織を加工して作られた弁で、機械弁と違って血栓ができにくく、血栓予防の薬を一生飲み続ける必要はないそうです。ただ、耐用年数が機械弁に比べて短く、個人差があるそうですが平均10~20年のため、私くらいの年齢から生体弁を使用すると、15年後くらいには再手術が必要になるかもしれません。そのため、一般的には、65歳より若ければ機械弁、65歳以上なら生体弁と言われているそうです。

 

しかし先生によれば、近年、アメリカでは手術の推奨年齢についてのガイドラインが変わるなど、50歳以下の手術でも生体弁を勧めているとのこと。手術や治療についてしっかり納得でき、生体弁での弁置換術をお願いする決断をしました。

 

麻酔から覚めたら呼吸が楽に

私の受ける低侵襲心臓弁膜症手術(MICS)という手術方法は、傷口が小さいため回復が早く、半月ほどで仕事にも復帰できると言われました。心臓弁膜症で倒れた私の知人は退院するまでに3カ月くらいかかったと聞き、それくらいの入院期間を覚悟していたので、半月で退院どころか職場復帰までできると聞いて驚きました。

 

手術後、ICUで先生から「手術は終わりましたよ」と声をかけられ、意識がはっきりしたときにまず思ったことは、「空気がとても軽い!」。呼吸がとても楽に感じられたことです。

 

傷口が小さいため回復も早く、手術後1週間ほどで退院し、実際に約半月で職場に復帰できました。こんなに早く仕事に戻ることができて、とても感謝しています。輸血の必要のない手術や、新型の人工弁も、先進医療技術の賜物だと感じました。本当に素晴らしい技術だと思います。

 

思うように体を動かせなかった時期が長かったので、体重も筋力も落ちてしまいました。しかし手術してからは、以前感じていた心臓のバクバク音はほとんどなくなり、階段の上り下りもとても楽になりました。手術後1カ月ほどたった今は、早く体力を戻したくて、リハビリのつもりで時間を見つけてはウォーキングをしたり、器具を使って筋トレをしたりしています。

 

お城めぐりやドライブにもまた出かけられるようになりました。徐々に出かける機会を増やして楽しんでいるところです。体調不良の時期が2〜3年続きましたので、その時間を取り戻していきたいと思っています。

 

【担当医からのひとこと】 生体弁を用いた小開胸手術で早期の社会復帰を

心臓弁膜症は、一般には先天性、高齢者もしくは糖尿病など随伴疾患のある方に多い疾患ですが、40~50代の健康な方にも起こり得る疾患です。細川さんも、普通の健康的な生活を送っておられたなかで、健康診断をきっかけに、大動脈弁閉鎖不全症と診断されました。

 

すでに病状は深刻で、最大限の内科的な治療をもってしても、5年後には死亡に至るステージと診断されました。一方、この疾患は手術により弁逆流を止めれば、天寿を全うできるチャンスが十分あることが知られています。

 

国立循環器病研究センター外科には、手術を必要とされる多くの心臓弁膜症患者さんが来られます。大動脈弁閉鎖不全症では、特殊な場合を除いて人工弁による大動脈弁置換が標準です。細川さんの場合は、ほかに疾患がなく元気にされていること、早期社会復帰を望まれていることから、右前胸部を6センチほど切開して肋骨の間から手術を行う「ミックス手術」を行うこととしました。従来の、前胸部を縦に20センチほど切開し胸骨を切る手術と比べて、早期の社会復帰が望めます。人工弁の種類の選択も重要です。一般には機械弁と生体弁がありますが、細川さんは血栓予防薬の生涯服用を必要としない生体弁を選択されました。近年の生体弁は、より手術しやすく、より優れた長期成績が見込まれています。手術は順調に終わり、無輸血にて軽快され、術後2週間程度で職場復帰されました。

 

今後は「手術をしたことを忘れて、今まで通り元気に楽しい生活を送ってください」と言いたいところですが、注意点が二つだけあります。まず、人工弁が入っているので、虫歯にかからないように気をつけること。そして、年1回は専門病院を受診することです。

 

進化を続ける生体弁

心臓弁置換術に用いられる人工心臓弁には、ウシやブタの生体組織を利用した生体弁と、カーボンや金属を材料とした機械弁がある。それぞれ耐久性、抗血栓性の面で課題があるが、さらなる耐久性向上を目指して、新しい石灰化抑制処理技術を施した生体弁が登場した。この生体弁は保存溶液が不要で、経カテーテル弁による再置換時にはフレームが拡大する。患者と医師がリスクとベネフィットを話し合った上で若い患者の弁置換術にも生体弁が使用されるようになってきている。

 

写真左:新しい石灰化抑制処理を施した生体弁
写真右:内側からカテーテルで新たな弁を広げるとフレームが拡大する

 

 

 

 

 

 

「医療機器体験談」は一般社団法人 米国医療機器・IVD工業会出版のエッセー集『出会えてよかった』第1集~第3集より引用しています。

URL: https://www.amdd.jp/technology/essay/

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